人に喜んでもらうのが好きだった父
父と母は九州の出身です。しかし「雪を見たことがないから、見に行ってみたいね…」と思い立って、旅行に高山市を訪れました。父は感動し、気に入って移住となりました。そこで定年まで働きましたが、父は「定年したけど、ちょっとまだ仕事したいね。今度は暖かいところに行こう!」と言って、今度は海の近くのとある会社で独身寮の住み込みの仕事をはじめました。おかげで、実家があっちにいったりこっちにいったりで。とにかくせっかちで、前向きで、フットワークの軽い人でしたね。独身寮の仕事は父にとって天職だったのでしょう。
板前さんでもあった父はなんでも料理を作ります。でも、自分で食べるというよりも、誰かに食べてもらって「おいしい」と言ってもらえることが好きだったようです。独身寮の皆さんからも「父の料理は本当においしかった」と言ってもらえました。私たち家族にも、いつも食べられないくらいすごい量の料理を作ってくれました。父はお酒が飲めない人だったんですが、サービス精神が旺盛で、にぎやかな雰囲気が好きだったんです。
そんな父に肺がんが見つかってしまい、さらには余命半年だと宣告された時、私は「せっかちな性格だけど、亡くなる時までこんなに急がなくても…」と複雑な心境でした。ところが父はいたって元気で明るかったんです。「通院がいい」と言って自分の病気は必ず治ると信じていました。時々入院していましたが、亡くなる数日前まで本当に元気そうな様子で、私たち家族に明るい笑顔を見せてくれていました。
にぎやかでわいわい、そういうのが好きだったよね
父が亡くなり、最初は私たち身内だけでひっそりと見送ろうと考えていました。なので会社や知り合いにも伝えていませんでしたが、孫たちや父の親友までたくさん集まってくれて、にぎやかでわいわいとした雰囲気で葬儀を行うことになりました。でも、お父さん、そういうのが好きだからいいっかって。納棺後に父の顔を近くで見ることができ、出棺前は写真も撮ることもできてよかったです。みんなも「とても良い式だったね」と言ってくれました。
最後はゆったりと穏やかな気持ちで見送ることができました
父が亡くなった日は友引の前々日だったので慌てたのですが、すぐに葬儀場を手配していただけました。おかげで、病院から直接葬儀場に搬送して、翌日に火葬することができました。
父はせっかちな性格で、病気になってから亡くなるまであっという間だったし、亡くなる時まで慌ただしい人でした。それでも、見送るときにはとても穏やかな気持ちになれました。葬儀という慣れない場でしたが、スタッフの方が何かと気にかけてくださったおかげです。何かあるとすぐに声をかけてくださったので、慌てることもありませんでした。穏やかな気持ちで見送りができて、本当に良かったです。
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